571HG名無しさん2015/05/11(月) 17:18:42.21ID:BAG/Oxn1.net
68K本の下巻に掲載されている写真だよね?。
本のキャプションには昭和18年2月に撮影となっているね。
その中には山陽丸と記述しているし、山陽丸の後部甲板には軌条のようなものも見えるよね。
コニシが写真の色々なものに独自の解釈を加えている根拠はなんだろうな。

自分は妄想に付き合う時間がもったいないからこれ以上やらんけれど、
アジ歴や学研本を丹念に読むともっと正確なことが判るような気がする。

参照元:http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/mokei/1423640175/

577HG名無しさん2015/05/11(月) 19:10:31.20ID:4zGMcYa0.net
>>571
じゃ、暇つぶしで俺が少し・・・。
まず、問題の写真は大和ミュージアム、68K本で見られる。
http://jmapps.ne.jp/yamatomuseum/det.html?data_id=94967
で、明石の左舷に接舷している船が山陽丸(特設水上機母艦)か南海丸
(海軍特設運送船)か?、が問題。
で、山陽丸と南海丸は大阪商船「畿内丸」型の同型船なのだが、特設水上
機母艦に改造されたのは山陽丸のみ。
 だから、後部甲板に軌条が映っている時点で南海丸が云々はナンセンス。
それでも、当該時期の両船の記録、特務艦明石に関連する部分をアジ歴で
拾ってみると・・・。
昭和17年12月1日~昭和18年3月31日 南海丸戦時日誌
レファレンスコード C08030670500
南海丸は損傷後の昭和18年1月24日にトラック入港後、
令達報告
 1月28日 明石→南海丸 2月1日より潜水調査を行うに付き、31日中に明石付近に
      転錨されたし(29コマ目)
 1月31日 0800明石工作部潜水調査並びに応急修理施行の為修理錨地に転錨す(35コマ目)
 2月1日  0700より明石工作部潜水作業(41コマ目)
 15日~22日 明石工作部にて觸衝に因る箇所一部応急修理施行(43~44コマ目)
 3月3~4日 明石工作部に於いて舷外電路破損箇所急修理施行(55コマ目)
となっており3月8日にトラックを出港している。
 実は明石工作部とは書いてあるが、特務艦明石とはどこにも書いていない。

579HG名無しさん2015/05/11(月) 19:38:58.62ID:Fx7k91fE.net
>>577
乙です。なるほど、明石に接舷して修理したわけではない、と。

582HG名無しさん2015/05/11(月) 19:54:51.89ID:VTMMC+O0.net
>>577
乙です。
この後サポートブログで
「私は分かっていましたが、あえて海軍の記録を優先した結果云々」とか
苦しい言い訳をひねり出すのだろうな。

587HG名無しさん2015/05/11(月) 20:22:40.99ID:BAG/Oxn1.net
>>577
ありがとう。
自分は駆逐艦の行動記録を造ろうと思って、アジ歴を調べたことがあるけれど、
こういう記録は残っていたり残っていなかったり、
違う部隊に出ていたりして調べるのが難しいよね。

592HG名無しさん2015/05/12(火) 07:55:24.41ID:JA6lWUOQ.net
>>577,>583-584,>585,>589のような理路整然とした指摘も
コニシにとっては「こちらを潰す目的の書き込み」としか捉えられないのかねぇ?┐(´д`)┌

589HG名無しさん2015/05/11(月) 20:34:55.45ID:4zGMcYa0.net
>>587
実は磯風の損傷に関する記述も見つけたのだけれど、どこにあったのか
分からなくなってしまって、転記できないんだよ。
根気良く探せば出てくるだろうけれど・・・。
前にも書いたけど磯風の損傷写真と、コニシが磯風と言う問題の写真の
陽炎型駆逐艦はどう見ても、コニシが言うように損傷箇所が合致する様
には見えないんだよね。
 確かにこの時期の磯風はラバウルで一番砲塔を撤去しているので可能性は
全く無いとは言えないけれど、ラバウルやトラックで損傷箇所の補強をしている
ので、損傷箇所が写真を撮られた時と全く同じ、と言う事は考えにくい。
結局、三笠後部艦橋の速射砲と同じで、「俺にはこう見える」と言うだけの
心霊写真解析でしかないんだよなぁ・・・。

590HG名無しさん2015/05/11(月) 21:08:22.82ID:BAG/Oxn1.net
>>589
ざっとwikiを観てみたら、
損傷した春雨がトラックに着いたのが18年の2月23日。

秋月は2月2日にトラック到着して明石に横付け修理。

前に自分がアジ歴で調べた(ノートに記述しただけでレファレンスがどこかすぐには判らない)、
損傷した磯風がトラックに着いたのが18年の3月2日。3月22日トラック発で護衛任務をこなしながら内地帰還。

浜風はガダルカナル第3次撤収作戦に従事したあとトラックに寄って、
満潮を曳航して内地に帰還修理整備するんだけど、3月17日に内地着まで判るんだけど、
トラック発が何日なのか自分は調査不足。

コニシの見解が、
>答えは春雨・掃海艇15号・秋月・磯風・明石・南海丸・満潮・哨戒艇34号です。

並び方が矛盾とまではいかないけれど、合理性を欠くんだよなあ…。